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札幌高等裁判所 昭和57年(ネ)251号 判決 1984年7月12日

控訴人・附帯被控訴人(被告)

工藤章

被控訴人・附帯控訴人(原告)

村井秀禎

主文

一1  控訴人の控訴に基づき、原判決主文第一項中、被控訴人に対し金二二九万六、一六〇円及び内金二〇九万六、一六〇円に対する昭和五一年四月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を超えて支払を命じた部分を取り消し、右部分の被控訴人の請求を棄却する。

2  控訴人のその余の控訴を棄却する。

二1  被控訴人の附帯控訴(当審新請求分)に基づき

控訴人は被控訴人に対し金九万八、七一〇円及びこれに対する昭和五一年四月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の附帯控訴(当審新請求分を含む。)を棄却する。

三  訴訟費用(当審新請求分を含む。)は第一、二審を通じてこれを五分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

四  本判決主文第二項1は仮に執行することができる。

事実

一  控訴人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。本件附帯控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審(附帯控訴を含む。)とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴として、「原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。控訴人は被控訴人に対し更に金八四五万八、三六〇円及び内金八〇五万八、三六〇円に対する昭和五一年四月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え(右の内、金五三八万八、二四〇円及びこれに対する右同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を超える部分は、当審において拡張された新請求である。)。訴訟費用(当審新請求分を含む。)は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決事実摘示並びに本件記録中の当審における書証目録及び証人等目録の記載と同一であるから、これを引用する。

1  原判決二枚目裏一二行目「右側面」を「左側面」と訂正する。

2  原判決三枚目表一一行目から三枚目裏一三行目までを次のとおり改める。

「1 交通費 金五四万九、九一〇円(内(一)、(1)を除く金五三万八、九六〇円は当審新請求)

(一)  過去の通院費用 金五万九、九五〇円

(1) 昭和五一年九月一四日までの分 金一万〇、九五〇円

被控訴人は、地方公務員であつて、担当公務の関係上、健康状態悪化を理由に勤務を休むことができない場合があり、そのような場合通勤に営業車を使用する必要があり、また、本件事故に関連した事項の処理に営業車を使用する必要がある。

(2) その後の通院費用 金四万九、〇〇〇円

(イ)昭和五五年四月七日から同五八年五月三一日まで札幌大通長生院で小計二九回はり・指圧・頸椎矯正の、(ロ)同五七年三月から同年一〇月まで北海道大学医学部附属病院で小計一三回の、(ハ)同五二年一〇月五日、同五五年三月七日、同年八月二二日市立札幌病院で小計三回の、(ニ)昭和五三年七月二七日中村脳神経外科病院で、(ホ)同五四年四月三日札幌医大附属病院で、各一回の、(ヘ)同五七年五月二一日、同五八年四月九日おとなし眼科医院で小計二回の、それぞれ通院治療を受けた。

右通院日数は四九日であり、通院には職務に支障を来たさないよう営業車を使用する必要があり、最低でも各片道金五〇〇円、一回の通院に金一、〇〇〇円を支出した。

(二)  将来の通院費用 金四八万九、九六〇円

被控訴人は、昭和五八年六月一日から終生、少なくとも月三回以上、前記札幌大通長生院もしくは相応の治療院において通院治療が必要である。

被控訴人の平均余命のうち、少なくとも就労可能な向後二〇年間右治療が必要であり、右(一)(2)で述べたとおり、年間金三万六、〇〇〇円の通院交通費が必要である(一回金一、〇〇〇円、年間三六回)。

これを今後の二〇年間分を昭和五八年六月一日の時点で一時に請求すると、その額は金四八万九、九六〇円となる。

(三万六、〇〇〇円×一三・六一(二〇年ホフマン係数))

2  治療費関係等 金一六五万三、七一〇円(内(一)、(二)を除く金一五六万五、二八〇円が当審新請求

(一)  初診料等 金一万三、五五〇円

被控訴人は、本件事故に関して包帯代、初診料、診断書料等として金一万三、五五〇円を支払い、同額の損害を被つた。

(二)  薬用食品費 金七万四、八八〇円

被控訴人の受けたむちうち症状には、特に自然食品である豆元がその治療に効果があるため、昭和五一年四月二八日から同年八月三一日まで小計金七万四、八八〇円分購入し服用し、同額の損害を被つた。

(三)  過去の治療費等 金九万五、四〇〇円

被控訴人は、(イ)札幌大通長生院に合計二九回、金八万四、五〇〇円、(ロ)北海道大学医学部附属病院に金一、八〇〇円、(ハ)市立札険病院に金二、一〇〇円、(ニ)中村脳神経外科病院、(ホ)札幌医大附属病院に各金六〇〇円、(ヘ)おとなし眼科医院に金五、八〇〇円、以上合計金九万五、四〇〇円の治療費、診断書料を支払い、同額の損害を被つた。

(四)  将来の治療費等 金一四六万九、八八〇円

被控訴人は、昭和五八年六月一日から少くとも就労可能な二〇年間にわたり、一か月三回以上、前記札幌大通長生院もしくは相応の治療院において、はり、指圧等の治療を続ける必要があるところ、一回の治療費は金三、〇〇〇円であるから、一年では金一〇万八、〇〇〇円であり、昭和五八年六月一日の時点で二〇年分を一時に請求するとすれば、金一四六万九、八八〇円となる。

(一〇万八、〇〇〇円×一三・六一(二〇年ホフマン係数))

3  原判決三枚目裏末行及び四枚目表五行目の各「金六〇万円」を「金一〇〇万円(内金四〇万円は当審新請求)」と改め、同四枚目表四行目の「通院加療中であり、」の次に「前記1(一)(2)の通院日数四九日を考慮すると、」を加える。

4  原判決四枚目表六行目から同裏三行目までを次のとおり改める。

「4 後遺症の慰藉料 金一、〇三〇万円(内金二八〇万円は当審新請求)

被控訴人は、本件受傷前の昭和五一年一月七日までは少くとも両眼が裸眼で〇・七以上の視力を有していたが、本件事故により両眼とも視力〇・〇三の超近視状態となつた。右後遺症は、自賠法施行令二条別表の第四級一号に該当する。また、被控訴人は、本件事故により頸椎亜脱臼の傷害を受け、これが後遺障害となつたほか、頭痛、肩こり、腰痛の障害が残り、今後治癒することは不可能である。従つて、右後遺症に対する慰藉料として、金一、〇三〇万円(内当審拡張にかかる新請求二八〇万円)とみるのが相当である。

5  眼鏡代 金一一万九、二〇〇円(内(イ)を除く金八万四、〇〇〇円が当審新請求)

被控訴人は、本件事故による視力低下のため、(イ)昭和五一年四月二一日眼鏡を使用し同五二年四月九日眼鏡レンズを取りかえ金三万五、二〇〇円を、(ロ)同五五年九月五日金三万三、〇〇〇円、(ハ)同五六年七月二三日金一万一、〇〇〇円、(ニ)同五八年三月一八日金四万円、合計金一一万九、二〇〇円の眼鏡取りかえ等の費用を支出し、同額の損害を被つた。」

5  原判決五枚目表三行目から同七行目までを次のとおり改める。

「9 よつて、被控訴人は控訴人に対し損害賠償として合計金一、三九五万四、五二〇円(内金二六七万〇、一二〇円は当審新請求分)及びこれより弁護士費用金八〇万円を控除した内金一、三一五万四、五二〇円に対する本件事故の日である昭和五一年四月九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

6  原判決五枚目裏五行目を次のとおり改める。

「三 第三項について争う。とくに4について、仮に被控訴人の視力低下と本件事故との間に因果関係があるとしても、被控訴人の矯正視力は右一・二、左一・二であるか、低くとも右〇・九、左一・〇である。従つて、視力に関する後遺症は、自賠法施行令二条別表の等級表外である。5について、本件事故との間に因果関係はない。」

理由

一  被控訴人が本件事故により傷害を受けたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一一ないし第一三号証、原審における被控訴人本人尋問の結果(第一回)を総合すれば、控訴人は、その所有にかかる加害車を運転し、本件事故現場の交差点において、エンジンが停止した加害車を発進させるにあたり、自車前方の状況を確認することなく、前方に加害車を飛び出させた過失により、本件事故を発生させたものであることが認められるから、控訴人は、被控訴人が被つた人的損害については自賠法三条の規定により、物的損害については民法七〇九条の規定により、それぞれ損害を賠償する義務がある。

二  そこで、被控訴人の損害について検討する。

1  交通費

(一)  過去の交通費 金一万四、三二〇円(内当審新請求分金三、八一〇円)

(1) 原審における被控訴人本人尋問の結果(第一回)によつて成立の認められる甲第一四号証の一ないし二一、原審(第一回)及び当審における被控訴人本人尋問の結果を総合すれば、被控訴人は、通院及び事故処理のため、昭和五一年四月一〇日から同年九月一四日までの間に、タクシー代として合計金一万〇、五一〇円を支出したこと、被控訴人は当時北海道庁総務部管財課主査として勤務し、(イ)本件事故後約一週間欠勤し、自宅から斗南病院へ通院し、(ロ)その後は勤務をしながら通院及び事故処理にあたつたことが認められ、右(イ)はその症状からして、(ロ)は時間活用の意味から、いずれもタクシーの利用はやむをえなかつたものと考えられるので、本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

(2) 次に、被控訴人が当審において新たに請求する交通費のうち、札幌大通長生院分(事実欄二、1、(一)、(2)、(イ))は、後記2、(一)で判示する理由により、本件事故と相当因果関係のある損害とは認めえない。また、北海道大学医学部附属病院ほかの分(同二、1、(一)、(2)、(ロ)ないし(ヘ))については、被控訴人提出の証拠その他本件全証拠によつても、通院のためタクシーを使用する必要があつたこと及び現実にタクシーを使用したことのいずれをも認めるに足りないから、被控訴人のタクシー代相当の損害の主張は採用し難い。もつとも、成立に争いのない甲第二四号証、第二七号証の一ないし三、第二八号証の一、第二九号証、当審における被控訴人本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第二八号証の二、第三〇号証、当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、その主張のとおり、勤務先である道庁から右北海道大学医学部附属病院ほかに通院したことが認められるので、徒歩で通院できる距離にある市立札幌病院を除き、通院先までの地下鉄料金をもつて本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当であるところ、右地下鉄料金は、別表備考欄記載のとおりの金額であることは、公知の事実であるから、これに基づいて算出すると、別表記載のとおり合計金三、八一〇円であり、これが被控訴人の被つた損害である。

(二)  将来の交通費

被控訴人が主張するような将来の通院治療が必要であると認めえないこと後記2、(二)に判断するとおりであるから、そのための交通費も必要とは認め難いので、被控訴人のこの点の主張は理由がない。

2  治療費等

(一)  過去の治療費等 金二万九、六五〇円(内当審新請求分一万〇、九〇〇円)(事実欄二、2、(一)及び(三))

原審における被控訴人本人尋問の結果(第一回)によつて成立の認められる甲第一五号証の一ないし一四、成立に争いのない甲第二六号証の一、二、前出甲第二七号証の一ないし三、第二八号証の一、二、第二九、第三〇号証、原審(第一、二回)及び当審における被控訴人本人尋問の結果を総合すれば、被控訴人は、検査・治療費及び文書料として、合計金二万九、六五〇円(右の内、当審における新請求分は、事実欄二、2、(三)、(ロ)ないし(ヘ)の合計金一万〇、九〇〇円)を支出したことが認められる。ところで、成立に争いのない甲第三号証によれば、被控訴人の頸筋捻挫の症状は、昭和五二年三月一四日頃固定したことが認められ、右治療費等には症状固定後のものを含むけれども、通院先、治療等の内容、治療費の額に照らして、その支出に相当性が認められるから、本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。しかし、被控訴人が当審において追加した新請求のうち、札幌大通長生院に支払つた治療費(事実欄二、2、(三)、(イ))については、当審における被控訴人本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第三一号証の一ないし六によれば、前記症状固定後約三年を経過した昭和五五年四月から昭和五八年五月までの間のものであるし、被控訴人提出の証拠その他本件全証拠によるも、医師の指示に基づくものと認めるに足りないし、また、当審における被控訴人本人尋問の結果によつても、右治療が、被控訴人の症状にとつて有効かつ相当であつたとまで認めることは未だ難しく、当審証人戸田寅男の証言も、右を左右するに足らず、結局、右費用を本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできないといわざるをえない。

(二)  将来の治療費

被控訴人提出の証拠その他本件全証拠によるも、被控訴人が昭和五八年六月一日から少くとも二〇年間にわたり、一か月三回以上前記札幌大通長生院もしくは相応の治療院において、はり、指圧等の治療を必要とすると認めるに足りないから、被控訴人の将来の治療費等については、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

3  薬用食品費(事実欄二、2、(二))

原審における被控訴人本人尋問の結果(第一回)及びこれによつて成立の認められる甲第一六号証の一ないし四〇によれば、被控訴人は本件事故後の昭和五一年四月二八日頃から昭和五三年七月一五日頃まで、むちうち症に効果があるとして、「豆元」なる食品を用いていたことが認められるにとどまり、右各証拠によつても、その合理的な有効性が一般に承認されているものとは認め難いから、その費用をもつて本件事故による損害として控訴人に負担させることは相当でない。

4  慰藉料 金二五〇万円

(一)  成立に争いのない甲第四、第五号証、前出甲第一五号証の一ないし三、九ないし一一、第二四号証、第二七号証の一ないし三、第二八号証の一、二、第二九、第三〇号証、原審(第一、二回)及び当審における被控訴人本人尋問の結果を総合すれば、被控訴人は、本件事故の翌日である昭和五一年四月一〇日から同年九月頃まで、頸部挫傷により斗南病院に通院し(治療実日数不明)、同年八月二六日から同年九月二八日まで、佐藤外科医院に通院したこと(治療実日数一〇日)、また、市立札幌病院において、昭和五二年一〇月五日、昭和五五年三月七日及び同年八月二二日の合計三回、中村脳外科病院において昭和五三年七月二七日、札幌医大附属病院において昭和五四年四月三日、おとなし眼科医院において昭和五七年五月二一日及び昭和五八年四月九日の合計二回、それぞれ通院治療ないし検査を受けたこと、昭和五七年三月から同年一〇月まで北海道大学医学部附属病院に通院したこと(治療実日数一三日)が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

(二)  前記甲第三ないし第五号証、第二四号証、原審(第一、二回)及び当審における被控訴人本人尋問の結果を総合すれば、被控訴人は、本件事故の翌日である昭和五一年四月一〇日斗南病院において、「頸部挫傷にて約一週間の安静加療を必要とする。」との診断を受けたこと、また、同年九月二八日佐藤外科医院において、「病名 頸椎障害、昭和五一年八月二六日初診、初診時頸椎六―七の亜脱臼を整復」との診断書の交付を受けたこと、昭和五二年三月一四日市立札幌病院脳神経外科において、「傷病名 頸筋捻挫、主訴及び自覚症状頭重感、頸部痛(仕事で疲れたとき、天気の悪いときに増悪する。)、眼精疲労感、立ちくらみ感、日常生活及び就労能力に支障を来す程度についての所見 頸椎レ線所見に異常なく、神経学的に異常はないが、頸筋の緊張、運動痛、圧痛を残し、このため頸椎運動制限が認められる。自覚症状はこれに基づくものと考えられ、頸筋緊張性頭痛として固定したものと考えられる。予後についての所見 昭和五一年九月一四日斗南病院整形外科医師の診断書、本人の陳述書を参考にすると、現在とほぼ同程度のものがこの期間持続していると考えられ、これ以上の改善は望めない。

障害等級についての所見 労働者災害補償保険第一四級に該当するものと考える。」旨の自賠責保険後遺障害意見書の交付を受けたこと、昭和五七年一〇月二六日北海道大学医学部附属病院麻酔科において、「頸椎捻挫に伴なう悪心、両上肢知覚鈍麻、しびれ感、右上肢挙上困難、頸部から肩へ後頭部の圧迫感、自発痛、運動痛」との診断書の交付を受けたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。右事実によれば、被控訴人は本件事故により頸椎挫傷の傷害を受け、昭和五二年三月一四日頃頸筋の緊張、運動痛、圧痛を残し、このため頸椎運動制限が認められ、頸筋緊張性頭痛として固定し、その後も右症状が続いており、その程度は、自賠責保険後遺障害等級第一四級に該当するものと認められる。

(三)  成立に争いのない甲第二、第六、第二三号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第二一、第二二号証、原審における被控訴人本人尋問の結果(第一回)により成立の認められる甲第七、第一九号証、原審証人音無克彦の証言(第一、二回)、原審(第一、二回)及び当審における被控訴人本人尋問の結果、原審鑑定人田川貞嗣の鑑定の結果を総合すれば、被控訴人は、昭和五一年一月七日の運転免許証の更新時には、眼鏡等の使用を免許の条件とされなかつたこと、被控訴人は本件事故から約一〇日経過した頃、道路標識がよく見えず、自動車を運転していて危険を感じ、昭和五一年四月二日眼鏡を購入し使用するようになつたこと、その際の測定結果は、裸眼で左右とも〇・六であつたこと、被控訴人は昭和五二年六月一四日市立札幌病院眼科において、「右〇・一(一・〇×マイナス一・二五)、左〇・一(一・〇×マイナス一・〇)の近視状態である」旨の診断を受けたこと、また、原審鑑定人田川貞嗣の検査結果(昭和五四年二月一四日から同年一二月一〇日までの間にされたもの)によれば、被控訴人の視力は右〇・〇五(一・二×マイナス一・五D)、左〇・〇六(一・二×マイナス一・五D)であつたこと、更に、昭和五八年三月七日おとなし眼科医院において、「傷病名 近視、主訴または自覚症状 遠業困難、眼の疲れ、他覚症状及び検査結果 検影法にて近視状態、眼球の障害 裸眼右〇・〇三、左〇・〇三、矯正右〇・九×マイナス二・二五、左一・〇×マイナス二・〇、事故との関連及び予後の所見 頸椎捻挫により近視が生じ、これから回復する見込みはない。」との診断を受け、同年四月八日その旨の自賠責保険後遺障害診断書の交付を受けたこと、医師音無克彦は、札幌医大眼科に勤務していた昭和四五年から昭和五〇年三月までの間、交通事故によるむちうち症のために近視になつた患者が結構おり、近視性乱視や近視になつた例を経験したこと、上司からもそういう例があると聞いたことがあること、また研究文献によれば、交通事故による頸部損傷患者のうちで相当数の視力障害を訴えていることが報告されていることが認められる。以上の事実によれば、本件事故と被控訴人の近視との間に因果関係があるものと推認される。

もつとも、当審証人田川貞嗣の証言、原審鑑定人田川貞嗣の鑑定の結果によれば、被控訴人は昭和五四年当時、眼底に軽度近視による変化すなわち視神経乳頭の耳側に接してコーヌスという変化が見られること、右変化は急に生ずるものではないことが認められ、右事実からすれば、被控訴人は本件事故当時、軽度ではあるが近視の状態にあつたものと推認され、被控訴人は右のような素因を有していた者であるとはいえるけれども、右事実から前記因果関係の存在は否定できない。

ところで、自賠法施行令二条別表の備考一によれば、「視力の測定は、万国式試視力表による。屈折異常のあるものについては、矯正視力について測定する。」とされており、被控訴人の矯正視力は、前認定のとおり低くとも右〇・九、左一・〇であるから、自賠法施行令二条別表の後遺障害等級のいずれにも該当せず、自動車損害賠償責任保険による後遺障害補償の対象とはなりえない程度のものである。また、原審(第一、二回)及び当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、本件事故当時北海道庁総務部管財課主査の地位にあり、昭和五三年頃同防災消防課危険物係長となり、その後同道路課課長補佐に昇進し、現在に至つており、視力低下による配転を受けたことはないこと、被控訴人は眼鏡を使用することにより、読書、筆記に支障はなく、自動車を運転して通勤しているが、常に眼鏡を使用しなければならないという苦痛があること、被控訴人の自覚では、昭和五九年五月一七日現在の視力は、昭和五八年三月当時と同程度であつて、格別低下していないことが認められる。

(四)  以上の諸事情とくに傷害の部位、程度、通院期間、後遺障害の部位、程度、継続期間、本件事故の態様その他諸般の事情を考慮すれば、被控訴人の慰藉料は金二五〇万円をもつて相当と認める。

5  眼鏡代 金一一万九、二〇〇円(内当審新請求分八万四、〇〇〇円)

原審における被控訴人本人尋問の結果(第一回)及びこれによつて成立の認められる甲第七、第八号証、当審における被控訴人本人尋問の結果及びこれによつて成立の認められる甲第三二号証の一ないし三によれば、被控訴人は眼鏡を必要とするようになり(本件事故と被控訴人の近視との間に因果関係が存することは、前記4、(三)に判断したとおりである。)、その費用として合計金一一万九、二〇〇円を支出したこと(右の内、当審における新請求分は金八万四、〇〇〇円)が認められる。

6  車両修理費 金九万一、七〇〇円

原審における被控訴人本人尋問の結果(第一回)及びこれによつて成立の認められる甲第九号証によれば、被控訴人は、本件事故に基づく被害車の修理代として金九万一、七〇〇円を要したことが認められる。

7  以上の合計は金二七五万四、八七〇円(内当審新請求分金九万八、七一〇円)となるが、被控訴人が自賠責保険金五六万円の支払を受けたことは、その自認するところであるから、右金額を控除する(右金額は原審以来控除されていたものであるから、全て原審請求にかかる分から控除するのが相当である。)と、残額は金二一九万四、八七〇円となる。

8  弁護士費用 金二〇万円

被控訴人が弁護士大家俊彦に本件訴訟を委任したことは、本件記録によつて明らかであるところ、弁護士費用としては、前記認容額その他本件に現われた諸般の事情を考慮し、金二〇万円をもつて本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

三  以上によれば、被控訴人の本訴請求は、合計金二三九万四、八七〇円(附帯控訴による当審新請求分九万八、七一〇円を含む。)及び弁護士費用を除いた金二一九万四、八七〇円に対する本件事故の日である昭和五一年四月九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容することとし、その余は失当として棄却すべきである。これと結論を異にする原判決は一部失当である。

よつて、控訴人の控訴に基づき、当審判決主文第一項のとおり原判決主文第一項の一部を取り消してその部分の被控訴人の請求を棄却するとともに、右部分以外の控訴を棄却し、被控訴人の附帯控訴(当審新請求)に基づき、当審判決主文第二項1のとおりその請求を認容するとともに、右部分以外の被控訴人の附帯控訴(当審新請求分)を棄却することとし、訴訟費用(当審新請求分を含む。)の負担につき民訴法九六条、九二条、八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 奈良次郎 松原直幹 柳田幸三)

別表

<省略>

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